〈は げ〉

 

 

しさをずる

 

 

演劇は面白くなければなりません。面白いとは、目の前が明るくなる(面の前が白くなる)ということです。目の前が明るくなるということは、目を見開くと言う事です。目を見開くと言う事は驚くと言う事です。驚きとは衝撃であり破滅であり 裏切りであり歓喜であり、等々、それはつまり、今まで誰も経験したことのないことを突きつけられた時に起きるのです。そして、それは激しいものです。演劇は劇しさを演ずると書きます。また、演じられたものから劇しさを感じるとも言えます。 

  

では、ひとは何故演劇を観に行くのでしょう。日常を忘れたい、人生を発見したい、人が苦しむのを見たい、暇だから、と、人それぞれあるでしょうが、きっと刺激が欲しいのではないのでしょうか。私達は観に来て下さった方々に大きな衝撃を与え、心の中を掻きまわし、挑発し、破壊し、喚起し、根本から考え方を揺さぶってみたいのです。目に見えぬ世界から送り出されてくる無限定の時間と空間、あるときは天高く舞い、あるときは地深く潜りあるときは猥雑で、あるときは清らかで、あるときは奇妙で、あるときは豊か。多重で多層で多様。 また痛み、恐れ、ためらい、恥じらい、おののき、そして喜び・・・、これらの間を一瞬のうちにやすやすと行ったり来たりする演劇を創造したいと思っております。

 

                主宰 小竹林 早雲

劇団夢現舎について・・・

 

東宝映画プロデューサー 金子 正且さん

 

  劇団 夢現舎は7年前の1995年4月、「ロンドンを始め海外で公演を行うこと」を旗印に結成された。しかし、結成後は国内公演さえ一切行わず世界に通用する劇団となるべく、演出家・小竹林早雲の演技指導のもと、5年半の年月をかけ毎晩深夜まで及ぶ基礎修練を積み重ねた。その上で2000年11月の旗揚げ公演(すべてオリジナル脚本に よる3作品を、3つの劇場で、3週間に渡って公演するという、日本の演劇史上初めての大胆なデビュー)を含めこの1年半でオリジナル作品7本、毎年日本の演劇界で注目を集めるパルテノン多摩小演劇フェスティバルへのノミネート出場、その他幼稚園・小学校・老人ホームでの公演を行って来た。そしていよいよ、念願の目標であったロンドン海外公演に乗り出す。

 劇団 夢現舎の特色は「脚本家不在の集団創作=俳優同志の即興的ぶつかり合いによる作品創り」という方法から生み出される質の高いアンサンブルと「小竹林早雲による演出の魅力」にある。即興から作品を起ち上げていくスタイルはロンドン演劇界においては珍しい方法ではないかもしれない。しかし日本では、戯曲のない状態で俳優の即興から創作をスター トさせていく劇団は皆無に等しい。

 そんな中で劇団 夢現舎は俳優が自分自身を作品の素材としてあらゆる角度から役作りをし、俳優同志の闘いから作品を紡ぎ上げている。その為、俳優の代役は効かない。しかも上演台本の決定稿は創作過程のかなり最後の方で完成される。こうして自分達で創りあげた思い入れの強い劇団 夢現舎作品は、俳優が「俳優である以前に人間としての自分の存在」をかけて役をふくらませて行く為、俳優自身の「死生観」が根底に漂っているオリジナル作品となり、既成の戯曲を上演する舞台にはない独特の空気感が創り出される。

 この俳優自身による創作を、更に引き締め深めているのが小竹林早雲の演出である。 彼の演出は俳優自身が創り出して来たものを活かし、1人1人の俳優が持つ特性を更 に引き出しつつ作品を高めて行く。それは小竹林自身、俳優として数多くの舞台、そ して黒澤明監督、伊丹十三監督作品をはじめとする映画に出演して来たからこそ成せることではないだろうか。彼は日本の伝統文化である文楽、能、狂言、茶道を根本に取り入れ、尚且つ、東洋の禅や太極拳、気功による「気」を肉体・精神に蓄積することを俳優に伝授し、またそれを演出に活かしている。その彼の演出は「狭い舞台空間に広がりを持たせて行く こと」を得意とする。例えて言えば、日本には蒲団を折り畳むと寝室が全く別の空間 になってしまうというような概念が生活習慣としてあるが、これに近いものが舞台上で現出する。一瞬のうちに空間が全く別の場所へ移動・変化したり、狭い空間の外=観客が観ている舞台の外にある見えない部分にイメージを喚起させる空間づくりをすることの出来る演出家である。  

 以上のように日本では稀有な創作法、更に演出家自らが7年半かけて育て上げてき た俳優陣と小竹林演出、それらの相乗効果が、俳優の演技・存在感そして作品全体を豊かにし、濃密かつ神秘的な舞台作りを可能にしている。これは言葉や文化の壁を乗 り越え、全世界の人々にも通用する舞台を提供できるものと考える。

                    2002年夏 ロンドン公演に先駆けて 

 

 

       

 THEATRO TECHNIS(LONDON) 劇場支配人 
Mr. George Eugeniou

 

劇団夢現舎第一回ロンドン公演
The Emperor's New Clothes(邦題:裸の王様)」

 劇団夢現舎「裸の王様」 私たちにとって、日本の東京から来た、若く、刺激的で、革新的な劇団を受け入れることは、実に喜ばしいことだった。私たちは、劇団夢現舎の全メンバーが劇団に専念し責任を持っていることにとても感銘を受けた。近頃、西欧諸国では、「シアターアンサンブル」という考え方が営利事業と市場動向によって葬られている。したがって、創立して 10 年のこの日本の劇団が、経済的な報酬がないために、各メンバーが多くのことを犠牲にして熱心に、熱意と情熱を持って「シアターアンサンブル」を維持し、実践しようとしている姿を見ることは稀なことである。夢現舎の報酬とは、夢現舎と私たち観客が共有する創造性である。「裸の王様( The Emperor's New Clothes )」は、あらゆる意味で美しい作品である。演出、演技、音楽、衣装、舞台装置、小道具など、すべての物が素晴らしく、この色彩豊かで革新的な作品を賞賛するのに言語の壁はない。しかし、各公演の芝居全体において輝いているのは、劇団の団体精神である。俳優がパートを変え、公演日によって別の役を演じるのを見るのはとても素晴らしい。ある公演で主役を演じる俳優は、次の公演では脇役を演じる。私が素晴らしいと思うのは、こうすることにより、俳優が固定概念を持ったり自己中心的になったりせず、多彩な才能と謙虚さを向上させるからである。夢現舎の俳優は、舞台設営、舞台監督、宣伝、チケット販売、清掃など、制作に関するすべての作業を共有する。つまり、完全な演劇である。夢現舎の幸運を祈る。また、西欧諸国のアンサンブルの精神を死に追いやった物が、夢現舎に近づかないことを願う。そうなれば、夢現舎は必ず成功し、夢現舎の有益で感動的な作品を続けることができるだろう。

ジョージ・ユジニュオ [Theatro Technis 設立者兼演出家 ]